『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』
今回紹介するのは、第50回大宅壮一ノンフィクション賞及び第18回新潮ドキュメント賞を受賞した『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』。
本の紹介の前に、先日開催された河合香織さんの講演会の内容について少しお話ししたいと思います。
河合さんがノンフィクション作家になられたきっかけは、阪神淡路大震災のボランティアをされていた時のこと。
被災者と関わるうちに、被災者に対する世間一般のイメージが現実と異なることに気付き、ステレオタイプをなくすために、また、人の生きざまを描きたいと思ってノンフィクション作家を目指されました。
また、大学時代、ある先生に「あなたは大学で浮いていると思わないか」と言われたことも大きかったようです。
河合さんが「思います」と言うと、河合さんのレポートがすごく良かったことを褒められた上で、ジャーナリストか大学に残って研究者になる道を勧められたそうです。
卒業後は大阪や東京でライターの仕事を続け、週刊朝日の記事が評価され、ノンフィクション作家としてデビューを果たされます。
ノンフィクション作家になれた理由として、「ノンフィクションを書きたい」と周囲に言い続けてきたこと、そして必ずなれると信じていたことを挙げられていました。
『選べなかった命』を執筆されたきっかけは、ご自身の体験にあるそうです。
37歳で妊娠し、どんな子でも生みたいと思ったので、遺伝診療は受けなかったこと。しかし、障がいを持った子が生まれてくる可能性があると分かると、生まれてくる子が健康であることを願ったこと。結果、子どもに障がいはなかったけれど、河合さん自身が死ぬかもしれないギリギリのところだったこと。生死をさまよったにも関わらず、医師からの説明は少なく、医師との信頼関係を築けなかったこと。
※ちなみにこの内容は、本には一切書かれていません。
このような経験があり、函館でダウン症子ども(の両親)が起こした訴訟があると知った時、このお母さんの話を聞いてみたいと思ったそうです。
この訴訟は、日本初のwronglife訴訟(生まれてきた子自らが「自分が生まれたことは間違いである」と訴訟を起こすこと。欧米では出生のみを理由とした訴訟は禁止されているところも多い)でした。
そもそも医師が出生前診断の結果を見落としたことが原因なのですが、原告である母親は、生まれてくる子どもがダウン症だと分かっていれば、生まなかった蓋然性が高いと主張。
それに対し、被告である医師は、そもそも障がいを理由とした中絶は認められないと主張しました。
というのも、日本では、胎児の障がいや病気を理由とした中絶は違法だからです。出生前診断で胎児に異常が認められる結果が出た場合、約9割の人が中絶を選択しています。しかし、その多くは表面上は経済的理由です。
この訴訟は最高裁まで争われ、原告勝訴。ただ、母親は手放しで喜んだわけではありませんでした。(詳しくは本にて)
「どんな人間は生まれるべきで、どんな人間は生まれるべきじゃないのか。」という問いに対し、「もちろんどんな人間でも平等に生まれるべきだ」と答えることは簡単でしょう。
しかし、自分の子が障がいを持って生まれてくるかもしれないと分かった時、果たして同じことが言える人がどのくらいいるでしょうか。
「答えは一つではない、そもそも答えはあるのか」と河合さんは言われていました。
すぐに答えを出す必要はないと思います。調べ、考え、人と意見を交わし、自分なりに納得できたらいいのではないかと思います。
講演会でお話しされていたことを最後にもう一つ。
河合さんは、「公平に伝えたい、複雑で分かりにくいことであってもありのままを伝えたい」と、あまりご自身の思いを込めずに書かれたそうです。
活動家ではなく物書きなので、自分の意見に誘導するような書き方はしない、と。
わたしはその姿勢に好感を持ちました。
紹介本:『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』河合香織
歳をとると、夫婦の顔が似てくるとよく言われますが、実は、胎児を介して父親のDNAが母親に入ってくるからだそうです。
そ、そうなんだ...。
いずれにしても、妻が夫に似てくるそうです。