Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『ノマド-漂流する高齢労働者たち』

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日本で「ノマド」と聞くと、オフィスではなくカフェやレンタルスペースで働く人をイメージするかもしれない。だが、本来の「ノマドNomad)」の意味は、「遊牧民」や「放浪者」。本書に登場する「ノマド」は、文字通り、「放浪する人々」を指す。

人々が路上に出る経緯はさまざまだ。特に、金融危機で財産を失ったり、レイオフされたりした中流階級の人々が、家を差し押さえられ、路上に出るケースが目立つ。しかも大半はリタイア組の高齢者。キャンピングカーに住みながら、中短期契約の仕事で食いつなぐ。

雇い主は季節限定で即戦力を確保し、時には水道代・光熱費及び駐車代を負担する代わりに、無賃労働を強いる。

現代アメリカでは、そういった、身体に鞭を打ち、不安定な働き方をせざるを得ない高齢者が増えているという。

例えば、昔は年一〇〇万ドル以上の暮らしをしていたが、いまは週にわずか七五ドルでやりくりする元ソフトウェア会社の重役(70)が、アマゾンのキャンパーフォース(繁忙期限定のノマドによる労働チーム)で働いていたりする。

賃金の上昇率と住居費の上昇率があまりにも乖離した結果、家に住むことを諦め、キャンピングカーやトレーラーハウスに移り住むひとが後を絶たない。そして、そういった人々は、季節労働者として、アメリカじゅうを放浪している。

 

彼らはなぜ「ノマド」という生き方を選んだのか。なぜキャンプ場やアマゾンの倉庫など、肉体的にきつい仕事に就くのか。普段はどんな生活をしているのか。

著者は、取材のためにキャンピングカーを買い、二年間、断続的に車上生活をしながら、ノマドたちの本音に迫った。その甲斐あってか、本書はディスカバー・アウォーズのノンフィクション部門で二〇一七年の最優秀賞を受賞した。

 

「漂流する高齢労働者たち」という副題から察するに、さぞかしネガティブな話だろう、と思って読み始めたのだが、意外と暗い気持ちにはならなかった。むしろノマド自身が倹約生活を楽しむ様子や、ノマド界の人気ブロガーたちや大勢のノマドと交流できる大規模イベントの様子を知ると、ドン底のような暮らしの中にも、希望をもって生きている人が大勢いることがわかった。ミニマリストのように、手持ちのもので豊かに暮らすというのを、究極に体現しているのが現代版ノマドなのかもしれない。

職場やイベントで知り合った仲間と共に行動するようになる人たちもいる。ベテランは新参者に知恵を授け、困っている仲間がいれば手を貸す。路上は危険だが、室内で孤立するよりも、はるかに社交的で健康的な暮らしだ。

アメリカで貧困に喘ぐ中流階級は、数百万人にのぼるとも言われている。高所得者層と低所得者層の格差はますます広がり、アメリカは事実上カースト制になったと著者は終章で述べている。ノマドを登場人物にすることで、本書はアメリカ内の格差拡大に警告を発している。

 

最後に、本書の主要な登場人物でもあるリンダの言葉を添えよう。明るく愉快な車上生活者である彼女の夢は、アースシップを建てることだ。

「いまは無事生き延びてるだけじゃなく、目標に向かって生きてるわ!だれだってそうでしょう。歳をとったからって、その日その日をなんとか生き延びるだけじゃつまらない。目標が必要よ」

大事なのは希望をもつこと。希望なくしてどうして生きていけようか。希望は人類共通の必需品なのだから。

近年、州は車上生活者を厳しく取り締まりだしたという。取材を終えた著者はジャーナリストに戻り、本を閉じたわたしは日常生活に戻る。ノマドたちの車上生活は・・・ページを閉じた今も続いている。

 

紹介本:『ノマド-漂流する高齢労働者たちジェシカ・ブルーダー

関連本:『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

こちらも過酷な労働現場の暴露本。

利用者にとって便利なものには裏がある。どこかに皺寄せがいっているのだ。

ワイルドサイドをほっつき歩け-ハマータウンのおっさんたちブレイディみかこ

 

こちらは労働者階級のおっさんのを身近に感じられる、爽快でときにほろりと泣けるエッセイ集。