Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『帰りたい』

帰りたいと思う瞬間は、誰にでもある。家族に会いたい、くつろぎたい、なんにせよ今ここにいたくない。だが、これほど強く「帰りたい」という言葉が胸に響く作品はいままでなかった。この世界の誰もが、帰りたい場所に帰れるわけではないのだ。

パキスタン系ブリティッシュムスリムの父親をもつ三きょうだい。かつて、父親はテロリストだった。彼は、ある日突然、家族のもとから消えてしまった。

姉はアメリカへ、妹は法律を学ぶ大学へ、弟はISへ入隊しシリアへ。人生の三叉路で別れてしまったきょうだい。その後、三人を待ち受けていたのは、悲劇だった...。

 

著者はパキスタン出身のイギリス在住者。パキスタンとイギリスの二重国籍をもつ。著者の経験や実際のニュースも織り交ぜられたこの作品には、細部にリアリティがある。たとえば、パキスタン系の移民の子孫がイギリスで官僚になる、ISを除隊したパキスタン系イギリス人が国家権力によってイギリス国籍を剥奪される、など。

 

日本国籍をもつ人ならまず経験しないようなことがテーマになっていて、世界にはまだ自分の知らないことが多いことを思い知らされた。ミステリー仕立てで、分厚いながらも読みやすく、小説の世界から「帰れない」のではと思うほど、のめりこんだ。

 

紹介本:『帰りたい』カミーラ・シャムジー