思うに、健康なひとが最も想像しがたいことは、死ぬことである。
法律学校を卒業し、結婚して子どももいて、仕事では昇進し、持ち家があり、優れたひとたちと付き合い、平凡だが申し分のない生活を送っていたイワン・イリッチ。だがその生活は、ある些細なケガをきっかけに一変する。
本書の前半で、イワン・イリッチの職場の人間は、彼の死を自分の昇進と結びつけて考えるだけだったが、後半ではイワン・イリッチが苦しみ悶える。死はすぐそばまで迫ってきており、絶望の合間にわずかな希望が顔を見せるだけだ。
イワン・イリッチは、自分の生き方が道にはずれていたから、これほどまでに苦しみながら死ななければならないのか?と考える。だが、判事であった彼は、自分の生き方になにか間違ったところがあったと判決を下すことはできなかった。
肉体だけでなく精神状態も悪化していく描写がとてもリアルだった。ひとがゆっくり死にゆくさまは恐ろしく、小説の中とはいえひとの命が尽きる描写には息が詰まった。思い返せば、読みながら自分が息をしていたかどうかすら覚えていない。たぶん、読後に息を吹き返したのだと思う。
死にかけているときは、生に執着していると苦しく、生を手放すことができれば楽になるはずだ。そうイワン・イリッチは教えてくれた。
紹介本:『イワン・イリッチの死』トルストイ
関連本:『イワンのばか』トルストイ
トルストイならこの短編集もまたおもしろい。子どもにもウケそうなストーリー。読みやすいので、ぜひ。