Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り』

 

読みながら、「ああ、わたしも、ポバティー・サファリをしている者のうちのひとりだ」と思った。

ちょうどサファリパークで動物を眺めるように、現地の住民を安全な距離からしばらく眺め、やがて窓を閉じ、そのことは徐々に忘れる。そんな貧困問題の物見遊山を、著者は「ポバティー・サファリ」と名付けた。


著者はスコットランドの労働者階級出身。破滅寸前の家庭で育ち、常に社会への不満を抱え、自身もアルコールやドラッグが手放せない生活を送っていたという。


本書では労働者階級の視点で、貧困問題、格差社会、暴力、ドラッグ、ネグレクトについて語られる。読んでいるこちらが辛くなるような個人的な体験だ。この本の内容は、彼にしか書けないと同時に、その階級の総意を代弁してもいる。


「労働者階級出身」としての自分の話には耳を傾けてくれるが、ひとたび自分の意見を言うと多くの人が耳をふさぐ、と彼は言う。それゆえ本書では、貧しいコミュニティで育った彼の回想録という体裁をとりながらも、彼が本当に言いたかったこと、彼の本音も散りばめられている。特に、最後の二章は心に響いた。最後の二章に至るまでの300ページは長い前置きだと言っても過言ではないだろう。


序文はブレイディみかこで、『ぼくはホワイトでイエローでちょっとブルー』などの彼女が書くものが好きな人は、間違いなく好きだと思う。


本書を読んで、暴力的な環境やアルコール依存症の親のもとで育ち、友だちと思っている人からドラッグをすすめられ、悪いのは全部社会だという感覚で育つということがどういうことなのか、本当に理解できたとは言えない。けれども、そういった環境で育ったひとの思考がどのように形成され社会を憎むに至るのかはわかった。

人々が貧困から逃れられないのは努力不足ではなく、わたしが想像もつかなかった原因-一人でゆっくり考える時間も場所もないとか、ドラッグがないと物事をクリアに考えられないとか-であり、それらによって個人の成長を阻まれているという、そんな基本的な事実さえ知らなかったことに気付けた。

 

紹介本:『ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り』ダレン・マクガーヴェイ

 

関連本:『子どもたちの階級闘争-ブロークン・ブリテンの無料託児所からブレイディみかこ

ブレイディみかこの名著。政治が変わると最も影響を受けるのが最下層の人々だということが、彼女の実体験をもとに語られる。

 

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』J・D・ヴァンス

上記二冊は英国の話だが、こちらの舞台は米国。訳者は『ポバティー・サファリ』と同じ山田文さん。トランプのような大統領が誕生した背景を知るために読む人も多い。