-静寂と、暗闇と、星々の明かりが広がる世界。
こんなに読書に没頭したのはいつぶりだろう。文字を目で追ううちに周囲の物音は止み、内なる静かな場所にいた。波立っていた心が、落ち着きを取り戻していた。波長が合う物語を読むと、いつもそうなるように。
『EXIT WEST』
初めて知ったのは、Newsweek日本版の「世界を読み解くベストセラー40」という特集記事だった。
当時はまだ邦訳が出ていなかったので、英語で読むしかなかった。それを、藤井光さんが訳した。うつくしい日本語で。
それが『西への出口』だ。
夜間の授業で出会ったサイードとナディア。
昼は働き、夜や週末にデートをする日々。その生活は、しかし、長くは続かなかった。
街に武装組織がやって来たのだ。夜間外出禁止令が出され、インターネットが一時的に止められた。それは、内戦開始の合図だった。
銃弾が飛び交う危険な状況下で、ふたりは再会し、サイードの家で一緒に住み始める。
ふたりの夢は、外側の世界へ逃げて、生き延びることだった。
「別の国に通じる特別な扉がある」と、人々の間ではまことしやかにささやかれていた。
その噂を信じたふたりは、代理人にお金を払う。数日後、案内された扉を通じ、ふたりは別の国へ移動する。
そして、難民生活が始まった。初めはミコノス島で、それからロンドン、そしてマリンで。運が悪ければ、排外主義者と衝突したり、反政府軍に撃たれたり、常に命の危険と隣り合わせの暮らしだった。
過去に縛られないナディアと、故郷を想うサイード。ふたりは、自分たちの心がもはや取り返しのつかないところまで離れてしまったことに気づいた。ふたつの心の溝は、埋められないほど深くなっていた。
人生では、どちらかを選ばなければいけない瞬間が、いくつもある。選んだ道も、選ばなかった道も、どちらが正解だったかなんて、結局のところわからない。
ふたりは、努力してその溝を埋め、純愛を貫くのか。それとも別々の道を歩むのか。
結末は、わたしが想像していたものとは違っていたけれども、これでよかったと思うところに落ち着いていた。
新潮クレストブックスは、海外文学好き必見のレーベル。世界中の珠玉の作品が邦訳され出版されている。この小説もそんな選りすぐりの一冊だった。
紹介本:『西への出口』モーシン・ハミッド
関連本:『遁走状態』ブライアン・エヴンソン
新潮クレストブックスの中でも1、2位を争うほど好きな作品。変わった話が好きな人には超絶おすすめ。
マイベスト海外短編作家のミランダ・ジュライの中でも特に好きな一冊。彼女の感覚/感性に刺激される。