旅先で訪れるカフェが好きだ。
老舗の喫茶店の座り心地のよい椅子。豆を挽く音と珈琲の香りがただよう空間。その居心地のよさといったらない。
とはいえわたしは珈琲は飲めないのでもっぱら雰囲気だけを楽しむ。いつか珈琲が飲めるようになりたい、と思いながら、今日も紅茶を飲んでいる。
本書はガイドブックとしてもエッセイとしても楽しめる紀行本。ドイツ、イタリア、ポルトガル、オーストリア、フランス、チェコ、イギリスのカフェが紹介されています。
旧東ドイツ時代のヴィンテージ建築のカフェや、著名人たちが通った老舗のカフェ、世界で最も美しいカフェなど、印象に残ったカフェを少しだけ紹介します。
1. ドイツ
珈琲はエチオピアからイスラム経由でヨーロッパに入ってきます。ロンドンのコーヒーハウスで大流行し、その波はドイツにも届きます。当初は女子禁制のロンドンのコーヒーハウス文化に倣い、カフェは男性専用の社交場でした。
時は空前の珈琲ブーム。フリードリッヒ大王は外貨の大量流出による貿易赤字を恐れ、とうとう1777年に「珈琲禁止令」を発令。珈琲に重税を課します。それでもことは収束せず、ついに焙煎もが禁止になりました。
珈琲は王侯貴族の飲み物として独占され、市民には経済的かつ健康でもある国産のビールが推奨されることになったのです。しかし市民は、珈琲が手に入らなくなると、どんぐりなどで高品質の代用珈琲を生み出しました。
おかげで1806年にベルリンで発令されたナポレオンの大陸封鎖令の時、ヨーロッパ中が珈琲不足にあえいだ時でも、ドイツ人は《珈琲》を飲み続けることができました。
《Schwarzes Cafe》シュヴァルツェス カフェ
Kantstraβe 148, 10623 Berlin, GERMANY
ドイツのカフェの朝食メニューは豊富で、たいていはオープン時から午後3時か、4時ごろまで注文できるのが普通である、しかしこのカフェの朝食はさらに特別だ。朝食メニューの横にカッコ書きで「TAG&NACHT(タークアンドナハト=昼も夜も)」とある。しかもここはドイツではとてもめずらしい24時間営業。つまり24時間いつでも「朝食」が注文できる不思議な店なのである。
2. イタリア
《Antico Caffe Greco》アンティコ カフェ グレコ
Via dei Condotti, 86, 00187 Roma, ITALIA
創業1760年。ローマはすでに世界に名だたる国際都市で、ヨーロッパ中から著名人や名の知れた芸術家達がやってきては、昼となく夜となく学術や芸術談義に花を咲かせていました。
ゲーテが目立たないように偽名でこのカフェに通い詰めていた他、アンデルセンやリスト、メンデルスゾーン、ワーグナーなどがこのカフェに通っていました。
このカフェは「デミタス(深煎りの豆で淹れた少量の凝縮された珈琲を小さなカップで飲むもの)」の発祥地。これはナポレオンの大陸封鎖の影響でヨーロッパ中が珈琲不足だった頃、豆を節約するために編み出された苦肉の策でした。
同じ珈琲不足でも、ドイツでは代用珈琲を生産し、イタリアでは濃く飲むために量を少なくしたのです。
《Cafe Florian》カフェ フローリアン
Piazza San Marco, 57, 30124 Venezia, ITALY
現存するカフェとしてはヨーロッパ最古の1720年創業。老舗中の老舗。ロッシーニ、ゲーテ、モネ、ルソー、ディケンズなどが常連として名を連ねていました。カフェラテ発祥の地ともいわれています。
3. オーストリア
《Cafe im Kunsthistorischen Museum》カフェ イム クンストヒストリッシュン ムゼウム
Maria Theresien Platz 1, 1010 Wien, AUSTRIA
「世界で最も美しいカフェ」ともいわれる美術史美術館内のカフェ。美術館は1891年開館。640年にわたりローマ帝国を支配していたハプスブルグ家が集めたデューラー、ルーベンス、ブリューゲルなどの名作が一堂に集められています。カフェへとつながる階段の途中には、クリムトの壁画がさりげなくはめ込まれていたり。
オーストリアはアレンジ珈琲が豊富。ここのメニュー・リストには「カフェ・マリア・テレジア」というのがあります。
オレンジリキュールに深煎りの珈琲を注ぎ、ホイップクリームを載せてオレンジピールや砕いたキャンディー飾る、フェミニンでありながら珈琲とリキュールのパンチが効いた飲み物である。
これはマリア・テレジアがリキュールと珈琲をブレンドしたものを好んで飲んでいたことから編み出されたそう。18世紀の中頃、彼女が火付け役となり、貴族達の間で流行った飲み方です。
4. フランス
パリに最初のカフェができたのは1686年。太陽王ルイ14世の絶対王政が猛威を振るっていた時代です。パリ最古のカフェと言われていた『カフェ プロコップ』は、現在レストランとして営業中。カフェ時代の常連客の中には無名時代のナポレオンもいて、彼が代金の代わりに置いていったという帽子があるそうです。
5. チェコ
プラハに珈琲が入ってきたのは18世紀頃。
カフェの全盛期は20世紀に入ってから。新聞や雑誌が読めたので、作家や音楽家が集まる文芸カフェが栄えました。
《Cafe Slavia》カフェ スラヴィア
2 Smetanovo nabr 1012/2, 110 00 Stare Mesto Praha 1, CZECH REPUBLIC
1884年創業。外の景色とその移ろいが手に届く場所で珈琲が楽しめるのが魅力のカフェ。窓側の席に座れば、モルダウ川の向こう、丘の上に凛と立つプラハ城が見えます。
《Cafe Montmartre》カフェ モンマルトル
Retezova 7, 110 00 Stare Mesto Praha 1, CZECH REPUBLIC
旧市街の入り組んだ小路にあるカフェ。1911年創業。常連の一人に、フランツ・カフカがいる。
6. イギリス
イギリス最古のコーヒーハウスは、1650年にオックスフォードでオープンしました。その頃の珈琲は覚醒作用がある薬として知られていました。コーヒーハウスの入場料は1ペニー。新聞が読み放題で、あらゆる学術の専門家から貴重な話が聞けるとあって大盛況となり「ペニー大学」と呼ばれていたとか。
イギリスのコーヒーハウスも女子禁制でした。1706年にトワイニング社がコーヒーハウスで女性向けに紅茶を提供し始めます。
イギリスはオランダに珈琲貿易では遅れを取り、植民地での珈琲栽培に被害が出たこともあり、国の政策としても紅茶に力を入れるようになります。コーヒーハウスは18世紀終わり頃には衰退してしまいます。
昔は王侯貴族にとってステータスを誇示する贅沢品だった珈琲。今やカフェはいたるところにあり、誰もが手軽に楽しめる時代になりました。
外国でカフェに行くならどんなカフェがいいだろう、と夢をふくらませながら読み終えました。
紹介本:『欧州カフェ紀行』Aya Kashiwabara