Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『帰りたい』

帰りたいと思う瞬間は、誰にでもある。家族に会いたい、くつろぎたい、なんにせよ今ここにいたくない。だが、これほど強く「帰りたい」という言葉が胸に響く作品はいままでなかった。この世界の誰もが、帰りたい場所に帰れるわけではないのだ。

パキスタン系ブリティッシュムスリムの父親をもつ三きょうだい。かつて、父親はテロリストだった。彼は、ある日突然、家族のもとから消えてしまった。

姉はアメリカへ、妹は法律を学ぶ大学へ、弟はISへ入隊しシリアへ。人生の三叉路で別れてしまったきょうだい。その後、三人を待ち受けていたのは、悲劇だった...。

 

著者はパキスタン出身のイギリス在住者。パキスタンとイギリスの二重国籍をもつ。著者の経験や実際のニュースも織り交ぜられたこの作品には、細部にリアリティがある。たとえば、パキスタン系の移民の子孫がイギリスで官僚になる、ISを除隊したパキスタン系イギリス人が国家権力によってイギリス国籍を剥奪される、など。

 

日本国籍をもつ人ならまず経験しないようなことがテーマになっていて、世界にはまだ自分の知らないことが多いことを思い知らされた。ミステリー仕立てで、分厚いながらも読みやすく、小説の世界から「帰れない」のではと思うほど、のめりこんだ。

 

紹介本:『帰りたい』カミーラ・シャムジー

『妻はサバイバー』

新聞記者の著者が、長年にわたって介護した妻のことを綴ったノンフィクション。

結婚して3年後、妻29歳の時に摂食障害が発覚。過剰な食べ吐きを繰り返し、入退院を繰り返すようになる。性被害をきっかけに心療内科に通い始め、大量服薬でまたも入院。アルコールに依存するようになり、急性肝炎で入院。解離性障害精神科病院にも入院。さらに妻46歳で認知症が判明。

 

本書は、壮絶な人生を歩む妻のサバイバル記だ。妻は、寝るか吐くか飲むか「死ぬ」と叫ぶか。ふたりで笑い合うことも知的な会話もできず、激務の合間に妻を介護する生活に、著者自身も、心を壊してしまう。

 

わたしなら、他人に振り回される人生なんてまっぴらごめんだ。手に負えない他人の人生まで引き受ける自信はない。

 

しかし、著者は朝日新聞の記者を続けながら、常に妻の安否を気遣い、自身も精神科を受診するくらいダメージを受けながらも、懸命に妻を支えつづけた。いくら離婚が頭をよぎっても妻を見捨てなかった理由には、愛を上回るものがあったからなのかもしれない。

 

どれほど頑張っても精神疾患のひとの胸の内を理解することは不可能だと、わたしは思う。けれども、その家族や、そばにいて支えてあげるひとの心の中は、本書で感じることができる。当事者の思いが、心に強くうったえる。

 

子どもの頃に負った深い傷は、大人になってからもその人の心を蝕み続ける。妻は、奈落の底に何度も堕ち、どれほど自分を追い詰めようとも這い上がる。本当は死にたいのではなく、それでも生きたいのだ。当事者とその家族にしかわからない内面を明かしてくれた本だった。

 

紹介本:『妻はサバイバー』永田豊


関連本:『牧師、閉鎖病棟に入る』沼田和也

閉鎖病棟ではどのような人がどのように暮らしているのか、現役牧師の著者が入院することになった経緯や、退院した後の暮らしについてなど。

『JK、インドで常識ぶっ壊される』

日本に住んでいたら知らなかったこと、知らなくてもすんでいたことが、インドでたくさん突きつけられて、多感な時期にたくさん吸収するものがあったと思う。

肌の色の話。宗教。カースト制度。ドラッグ。スラムで暮らす子どもたちとの触れ合いを通して、子どもの権利に気づいたこと。

喉がうっと詰まるような話が多かった。それは、わたしもJKの頃、途上国の子どもの支援に興味を持っていた時期があったからで、もし同時期にインドに行っていたら似たような経験をしたのではないかと思ったからだ。

 

わたしが高校生の頃、職員室の前に貼ってあったJICAのポスターに、アフリカの子どもたちが映っていた。わたしはそれを見て「おなかがでてるから、本当はたくさん食べてるんじゃない?」と冗談まじりに言った。担任の先生が「飢餓状態だと、おなかがぽっこりするんだよ」と言った。

衝撃だった。おなかが出ているイコール肥満という、それまでのわたしの中の常識がぶっ壊された。それからわたしは、貧しい国の子どもたちを救えるなら、と、JICAのプログラムに参加したり、発展途上国の支援をしたりし始めた。

 

それから一年ほど経った頃、嫌いな塾の先生が、途上国に支援をしてもどうして貧しいままなのかを教えてくれた。


わたしたちがいくら途上国の人々のために募金をしたりしても、その国に届いたら政府関係者たちが取ってしまう。本当に届けなければならないひとには届かない。だから貧しいひとは貧しいままなのだという。途上国の大使館で働いたら(そういうものが懐に入るという意味なのか?)儲かるよ、と先生は言った。わたしはその先生をますます嫌った。わたしはそんな人間になるために、勉強しているのではない。
でも、いくら支援をしたとしても、途上国の貧困はなくならないのだ。事実、そこからわたしは募金も発展途上国の支援もパッタリ辞めた。

 

今思えば、自分の目で真実を確かめるべきだったと思う。他人の話を鵜呑みにせず。無力なのだと諦めてしまう前に。

『JK、インドで常識ぶっ壊される』は、「ああ、自分のように、世界は変わると信じている子がいる」と、十数年前に信じる心を失った自分を反省しつつ読み終えたのだった。

 

今回は自分語りが多くなってしまったため、内容をあまり紹介できなくてスミマセン。気になった方は、ぜひ手に取って読んでみてください。

 

紹介本:『JK、インドで常識ぶっ壊される』熊谷はるか

関連本:『三つ編み』レティシア・コロンバニ

インドの不可触民スミタ、シチリア文学少女ジュリア、カナダの弁護士サラ。三本の女性の話が、三つ編みのように交差する。インドのカーストの最底辺がどれほど虐げられているのか、本書を読むまで知らなかった。

 

『両手にトカレフ』

軽い気持ちで読み始めて後悔した。これは、単なる娯楽小説じゃない。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では出てこなかったティーンたちが主人公。帯に「ノンフィクションの形では書けなかった」とあるように、現実の話として受け止めるには、あまりにもシビアな内容。貧困、格差、ドラッグ、ネグレクト、ヤングケアラー...。複雑な事情を抱えた少女が、大切な弟を守ろうと、ひとりでもがく姿に涙が止まらない。

 

そんな少女が偶然手に取った本は、大正期の日本を生きた金子文子の自伝。金子文子の生い立ちが、少女のそれとよく似ていることで、少女はいつしか金子文子に自分を重ねるようになる。

 

しかしそれも、母が「壊れて」しまうまでだった。


いつの時代でも、どこの国でも、大人の身勝手でこどもたちが苦しんでいるのだと思うと本当にやり切れない。

 

本書の登場人物のなかには、そんなこどもを救おうとする大人たちもいる。その中のひとりのように、「あなたはもう何もしなくていいの。見ないふりをせずに、何かをしなくてはいけないのは大人たちのほうだから」とこどもたちに声をかけてあげられる大人に、わたしもなりたい。

 

紹介本:『両手にトカレフブレイディみかこ

関連本:『ヤングケアラー わたしの語り』澁谷智子

「ヤングケアラー」という概念を日本語圏に紹介し、ケアの必要な親をケアする役割を背負わされた子どもたちの存在を「見える化」した著者の労作。

『肝臓のはなし 基礎知識から病への対処まで』

健康診断を受けていますか?
その結果、気にしたことがありますか?

肝臓は「沈黙の臓器」といわれます。
悪くなっても通常は自覚症状がなく、検診結果の異常で偶然発見されることが多いです。
よく指摘される異常は「血液検査の異常」と「腹部超音波検査の異常」です。代表的なものが、肝機能検査成績異常と脂肪肝になります。

 

もし、お手元に健康診断の結果があれば、照らし合わせながら読んでみてください。


まず、AST、ALT、r-GTP、ALPという値について。

ASTとALTは「肝逸脱系酵素」と呼ばれ、肝細胞がダメージを受けたときに上昇する検査項目です。

日本の成人男性の四〜五人に一人の割合で、血清ALT値の異常が指摘されるといわれています。
ALTは肝細胞の「死」を反映する極めて簡便な指標です。健康診断で引っかかるALT異常は、肝炎ウイルスによる肝臓の病気、もしくは、生活習慣にともなう肝臓の病気によるものです。後者には、アルコールの飲みすぎによる肝障害、栄養の摂り過ぎや肥満による脂肪肝が挙げられます。

r-GTPとALPは「胆道系酵素」と呼ばれており、幹細胞からの胆汁の排泄障害、胆道の通過障害など胆道系の疾患で上昇します。

 

その他にも、肝疾患診断の参考になる健診の検査項目として、総ビリルビンアルブミンなどがあります。

ビルビリンが高かったら「黄疸」の可能性があります。総ビリルビンの正常値は概ね一デシリットル当たり一ミリグラム(1mg/dL)です。2mg/dLを超えると高いと判断しますが、皮膚やまぶたの裏の結膜を見て黄疸があると認識できるのは、3mg/dL以上になってからです。

アルブミンが低ければ、肝臓の合成能力の低下、血小板が低ければ肝臓の繊維化の進行が疑われます。
※とはいっても、アルブミンが低下する疾患は、ネフローゼ(腎臓からタンパク尿が出る疾患)や栄養障害などたくさんあります。血小板の低下も、肝疾患以外でも血液疾患、免疫疾患などでも起こってきますので、即座に肝疾患とは断言できません。

 

健康診断では、動脈硬化の原因になると知られている、コレステロール値が高くなることを気にしている人が多いと思います。しかし、実は肝臓が悪くなると、血清コレステロール値は低下するそうです。


人間は肝臓なしに生きていくことはできません。同じ消化器の臓器でも、胃や食道、大腸はなくなってしまってもなんとかやっていけますが、肝臓はそういうわけにはいきません。


もし、定期的に健康診断を受けていない方は、一度受けてみることをオススメします。もし、受けていても結果はあまり気にしていなかったという方は、これを機にじっくり見てみてください。

「肝心」という言葉があるように肝臓は心臓と同じくらい大切な臓器です。


たとえ長生きしても、健康でなければ意味がありませんよね。肝臓に疾患を抱えた老人になるのか、それともピンピンした老人になるのか。健康診断の結果に目をとおすだけで、あなたの未来は変わるかもしれませんよ。

 

紹介本:『肝臓のはなし 基礎知識から病への対処まで』竹原徹郎

 

関連本:『腎臓のはなし 130グラムの臓器の大きな役割』坂井健雄

もともと『肝臓のはなし』は、父の肝臓が心配で読むことにしたのだけれど、ためになる本だったので、腎臓についても知りたくなりました。