Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『カーザ・ヴェルディ 世界一ユニークな音楽家のための高齢者施設』

舞台はミラノにある「カーザ・ヴェルディ」。イタリアを代表する作曲家ジュゼッペ・ヴェルディが建てた音楽家のための二階建て高齢者施設です。

カーザ・ヴェルディ ~世界一ユニークな音楽家のための高齢者施設

Casaは「家」という意味で、カーザ・ヴェルディを直訳すると「ヴェルディの家」となります。正式名称はCasa di riposo per musicisti(音楽家のための高齢者施設)。イタリア語では高齢者施設のことを「憩いの家(Casa di riposo)」と言いますが、ここカーザ・ヴェルディもまさに憩いの家です。

 

入居できる人は限られており、元一流音楽家とその配偶者、そして近年では若手音楽家も最大16名まで入居できます。その若手音楽家のひとりとして2016年に入居したのが著者の藤田彩歌さん。

 

入居しているお年寄りたちは、さすが元一流音楽家だけあって、プライドが高く、自己主張も激しめ。食堂に集まるときは正装。相手に不満があれば面と向かってはっきり言います。

 

一方、綺麗に飾った部屋に招待してくれる方や、喜んで若手に個人レッスンをしてくれる元音楽家も多数います。

 

施設内には食堂や居間や教会のほか、練習室やコンサートホールまであり、音楽家たちにとって最高の環境でしょう。

 

外出は自由、料理の調味料に何をかけるかも自由、絵画やアクセサリー制作なども施設内ででき、何かあった時の責任は個人でとる主義のカーザ・ヴェルディ

何かあれば施設側で責任をとらなければならないため、過保護になりがちな日本の老人ホームでは叶わないことばかりです。

 

わたしの祖母も以前、老人ホームに入っていました。しかし施設には段差がなく、入居数ヵ月後に会ったときには足腰が弱っていました。

 

カーザ・ヴェルディの食堂やコンサートホールは二階にあり、エレベーターでなく階段を使う方もいます。翌日の食事のメニューの希望は手書きで出します。しなければできなくなってしまうことが多いお年寄りにとって、足を使うことや字を書くことを、本人たちも望んでいること。過度な介助やバリアフリーは、自分自身の力で生きる力を弱めてしまいかねません。

 

人々が最期まで自分らしく生きていられる場所があるのは素敵だな、ヴェルディは後世に素晴らしい遺産を残してくれたな、と思える、とてもいい本でした。

 

紹介本:『カーザ・ヴェルディ 世界一ユニークな音楽家のための高齢者施設藤田彩

カーザ・ヴェルディ ~世界一ユニークな音楽家のための高齢者施設

 

 

『僕は死なない子育てをする』

突然だが、わたしは今、妊娠中である。

 

子育てについて情報収集をするなかで、育児本もよく読むようになった。そして「発達障害」をもつ「パパ」が書いた本に出会った。

 

人間は、就職、結婚、貯金、両家との関係維持、そして妊娠出産と順調にステップを踏んで、ようやく子育てに至る。

その一本道の途中を抜かしたり、その過程で社会や周囲の理解を得られない場合を考えてみよう。きっと一人で悩みを抱え込み、生きるのが辛くなるだろう。

 

二三歳で結婚し、二四歳で父親になった著者。夫婦仲が悪化し、別居寸前だった二六歳の時、発達障害が発覚した。一旦休職した職場に復帰したものの退職せざるを得ず、「いつか妻に借りを返したい」と考えていた。

 

のちに、劣悪な労働環境で働いていた保育士の妻も折れ、退職してしまう。

 

絶望的な状況下で、「夫婦は、どちらかが「主人」になる“主従”の関係ではなく、互いにサポートし、ケアし合う関係」に自然となっていった。

 


一時は崩壊寸前だった家族は、自分たち家族にとって大切なことは何かを見直すことで、再びチームになった。「死にたい」と思っていた著者は、「死ななくてよかった」と思えるようになった。

 

「現代の日本で“普通に”子育てをしていくのは難しい」と著者は言う。


誰もが自分の「父親像」「母親像」を思い描く。でもそんな周りが押し付けてくる/自分が理想とする像は壊してもいい。自分を追い詰めないで。死んだら楽になれると一瞬でも考えてしまったら、まずはゆっくり休もう。そう思えただけでも、この本を読む価値はあった。

 

 

わたしも子どもが生まれたら、自分が死なない子育てをしたい。

 

 

紹介本:『僕は死なない子育てをする』遠藤光太

 

『北京の秋』

ユーモアあふれる奇想小説。差別的な発言をわきにおけば、登場人物への同情とくすっと笑いが止まらない。

ヴィアンは登場人物たちにいやがらせばかりする。

冒頭、ある男が会社行きのバス停で待っている。最初にきたバスは満席。二台目からは三人降りたのに「もともと定員オーバーだった」と乗せてもらえず。三台目のバスにはぶつけられて下敷きになり、起き上がる前にバスが行ってしまう。四台目は整理券を「拾ったもの」だと疑われ…。


始終こんな調子なので、にやにやしながら読んだ。

 

会社員、神父、三角関係の男女、外科医とインターン。どの登場人物も、ヴィアンにいやがらせをされた挙句、「エグゾポタミー」という架空の砂漠に連れてこられる。すべての登場人物が揃うと、長編のストーリーが幕を開ける。そこで全員がたずさわる鉄道事業がはじまる。

 

「エグゾポタミー」は、わたしたちの社会の縮図だ。たいした中身のない会議。無能なのに威張り散らかす上司。社員同士の恋愛のごたごた。人を助けた数より殺した数のほうが多い医師。お酒を飲み暴言を吐く神父。


やっかいな人間ばかりが集まった現場は、かろうじて維持されていた。だが、ひとつの大事なジェンガが抜き取られると、あれよという間に崩壊する。砂上の楼閣とはまさにこのこと。

 

 

それにしても、強い磁力で引き込まれる作品だ。ボリス・ヴィアンの筆力は、作中で表現される「音」や「擬人化」にも表れている。
『うたかたの日々』が好きな方は、ぜひ本書もよんでみてほしい。

 

紹介本:『北京の秋』ボリス・ヴィアン

関連本:『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン

ボリス・ヴィアンの代表作の一つ。デューク・エリントンの曲を聴きながら読んだので、曲と言葉が一体となって流れ込んできて心地良かった。音色や音の長さによってリキュールや氷が調合されるというカクテルピアノを弾くシーン、出来上がったカクテルを飲むシーンが印象に残った。

『物語のカギ』

読書は好き。だけど、ストーリーを追うだけではもう楽しめない。

 

 

もしくは、どう解釈すればよいのかわからない物語がある。

 

 

もしくは、物語をすらりと読み解けない。

 

 

具体的にどういう点に注意を払って読めばいいのか知りたい。

 

 

そんなひとは手を挙げてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挙手、ありがとう。

 

 

 

そんな悩める子羊たちに、救いの手をさしのべたい。

 

 

 

 

本書では、物語を読み解く38個のカギが掲載されている。全部知りたい方は書籍を読んでいただければと思う。

 

 

どんな内容なのかこっそり知りたい方のために、本書から盗んできたカギを10個紹介する。

 

 

 

  • 🗝①登場人物の誰に焦点を当てるのか?

主人公だけでなく、友人役や敵役、脇役などの視点で物語世界を眺めることで、新たな世界がひろがる。誰に焦点を当てるによって、まったく別のストーリーが浮かび上がる。

 

  • 🗝②語り手をうたがう

主人公の言葉を鵜呑みしていた。いつも自分を主人公に投影していたから、「信頼できない語り手」がいることを意識して読んだことがなかった。ストレートに読むとつまらない本が、主人公をうたがうことで輝きを帯びはじめる。

 

  • 🗝③その作品の舞台になった時代と書かれた時代の両方を押さえる。また、現代においてその作品がどのような意味をもつか考える

時代背景は解説を読んで知ることのほうが多いかもしれない。舞台になった時代と書かれた時代が隔たっていれば、その間に価値観の変化や歴史的認識の修正があることもある。

 

  • 🗝④より多くの読み方を引き出す

メタファー(比喩・暗喩)を読みとる。

 

  • 🗝⑤小道具に注目する。冒頭で出てきたものが最後にも出てくるなど

→「チェーホフの銃」という言葉を聞いたことがあるだろうか。冒頭で描写された銃が、結末で再び登場するように、何気ないアイテムが実は重要な意味をもっていることがある。何度もでてくるキーワードも注目に値する。

 

  • 🗝⑥物語に無意味な描写はない

→作者は何か意図があって、それを描いている。注意深い読者だけが気づくような何かを。

 

  • 🗝⑦結末まで読んだら、物語の頭に戻って、全体を考える

ブログや読書会で他人に紹介する時は、特にこの方法が有効。

 

  • 🗝⑧自分の人生を投影して鑑賞する

つまり、自分の人生や人生観を通して作品を読む。

 

正反対の性質をもつもの、主人公とその友人の性格が対照的であったり、敵と味方であったり、そういったものにまず注目する。そして、その相反するもの同士のなかにも共通するテーマがあるかどうか考える。

 

  • 🗝⑩作品内にある言葉や表現を手掛かりに、作中で語られていないものに注目する

不在の人物、わざと隠された手がかり、など。それが語られていないのはなぜか?を考える。

 


あたりまえのことだが、物語を鑑賞し、「面白かった!」「好き!」または「つまらなかった」「嫌い」という素朴な感想は大切だ。

 

 

物語を読む時は、社会科学、自然科学、人文科学、古今東西の思想、自分の経験、あらゆる感情を総動員しよう。カギを暗記するのではなく、物語を味わうために、他の物語を味わうことも大切だ。

 

 

この本で紹介されたカギを頭の片隅に置き、まずは物語をじっくり丁寧に読もう。

 

 

偶然、ピタリと当てはまるカギ穴を見つけられたあなたは、この上なくしあわせ者だ。

 

 

紹介本:『物語のカギ』渡辺祐真(スケザネ)

 

今週のお題「最近おもしろかった本」

『イスタンブールで青に溺れる』

カルト宗教を信仰する母に肉体的暴力を受けて育ち、学校ではいじめられ、京大院を卒業し、40歳で自閉スペクトラム症ADHDと診断されるという、異色の過去をもつ著者。

本書は、20代後半から30歳前後の彼の海外周航記である。

 

イスタンブールで青に溺れ、カサブランカで白い砂塵と化し、各地で音楽と文学をとめどなく連想する。

 


特に印象に残ったのは、モスクワ(ロシア)の章。


宗教的建築物は、横道さんが子どもの頃に受けたカルト宗教の教育を思い出させ、フラッシュバックを引き起こす「地獄行きのタイムマシン」だという。

そんな彼が最も興奮する宗教的建築物が、モスクワとその郊外の街にある。

 

生神女庇護大聖堂(通称:聖ヴァシーリー大聖堂)は、モスクワの赤の広場にある。緑と黄色、深紅と緑、青と白の巨大なソフトクリームのような塔がいくつも組み合わさった外見をしている。

f:id:nagoyakabc:20221008202118j:image

 

至聖三者セルギイ大修道院は、モスクワ近郊の街セルギエフ・ポサードにある、別の巨大ソフトクリームの束だ。こちらは白と青と黄金のソフトクリームだ。f:id:nagoyakabc:20221008202219j:image

日本や欧米やヨーロッパにはない形と色の組み合わせに胸がおどる。

 


モスクワは地上だけでなく、地下世界も幻想的だ。
地下鉄駅に行くには、エスカレーターでとても深く潜る必要がある。そこが核攻撃に対するシェルターとして兼用することが想定されているためだ。

コムソモーリス駅やタガンスカヤ駅の内装は宮殿のように美しい。

f:id:nagoyakabc:20221008202501j:image

f:id:nagoyakabc:20221008202640j:image

 

 

当時はまだ診断されていなかった発達障害特有の症状を発症しながら世界中を旅した著者。

 

紀行文として楽しめる上に、いつも脳が働いているため疲れていて、身体の境界線もあいまい、その他諸々、当事者の生きづらさもよくわかる唯一無二の世界周航記だった。

 

紹介本:『イスタンブールで青に溺れる』横道誠

 

関連本:『死霊』埴谷雄高

カントの観念やドストエフスキーの言語空間に影響を受けた奇想小説。“虚體、自同律の不快、のっぺらぼう、過誤の宇宙史、死者の電話箱などの謎めいた単語が読者に提示されては、不明瞭なまま消えていく”という小説は、のちに旅先の横道さんを救うことになる。

今週のお題「最近おもしろかった本」