Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『ゴリラの森、言葉の海』

言葉が通じない生き物を相手にする学者と、言葉で世界を構築しなおす作家。別世界で生きている人同士の対談は、互いが互いを尊重していればなおさら、おもしろいものになる。

前者の山際寿一さんは霊長類学者・人類学者。2014年より京都大学総長をされている。後者の小川洋子さんは『博士の愛した数式』など多数の小説やエッセイを書かれている小説家である。

この本を読む前は、ゴリラは凶暴な動物だと思っていた。全身を黒い毛で覆われているし、なんだか強そうだし。しかし、その考えは読み始めてすぐに覆された。



まずは、アフリカでゴリラの調査をされていた山極さんからゴリラの秘密を教えてもらった。

【ゴリラの特徴1】
山極さんによると、ゴリラは群れで行動する。ところが、群れから外れて行動しているゴリラもいる。広い森で孤立し、さみしくなるのだろう。そんな時、ゴリラはハミングをする。♪~♪~

【ゴリラの特徴2】
ゴリラは傷付け合わない。二頭のオスが喧嘩になったときは、別の一頭が仲裁のために間に入る。そしてお互いの顔をのぞきこみ、喧嘩を収める。手を出したり声を荒らげたりすることはないのだ。

そんな穏やかなゴリラだが、実は子殺しをすることがある。

【ゴリラの特徴3】
雄のゴリラは自分の子以外の子を殺すことがある。その多くは父親が病気だったり、父親のいない子ゴリラだ。そして子ゴリラを殺した後、その母親との間に新たな子どもを作る。なぜ子殺しをするのか?その理由は分かっていない。ただ、人間による環境破壊のせいで住む森を失ったゴリラの集団には子殺しが見られ、それ以外の場所では見られないそうだ。



他の動物と人間との違いについても語られる。人間だけが、誰かのために自分を犠牲にする「愛」を持っていること。未来や死後の世界について考えられること。自然を破壊すること。遺伝子を操作して自らの手で新たな命を作ろうとすること。



時間を節約するために、あらゆる技術が開発された。それが必ずしも幸福と結びついていない現実が、眼前にある。



最終章の対談場所は、屋久島の原生林の中。「ガジュマル」や「屋久杉」などの緑が目の前に広がる。「枝がみしみしいう音」や「ピィーッという鳴き声」に聴覚が反応する。森と音楽というのは案外相性が良いのかもしれない。

最後のほうで、山極さんはこう言われる。

“動物はね、進化してきたその場所で見るのが一番美しいんです。屋久島の森というのは一つの楽器のような、あるいは動物や植物や昆虫が音を出しているオーケストラのようなものです。少し前までは、人間もその一員だったから、その調和の中にいると、「あ、ここ、心地いいな」と思えるんですね。”



あなたが最後に森を訪れたのはいつだろうか。

木漏れ日、木の手ざわり、落ち葉のカサカサという音。

一歩、森に足を踏み入れれば、五感が冴える。その感覚を、果たして思い出せるだろうか。

紹介本:『ゴリラの森、言葉の海』山際寿一 小川洋子

関連本:『木々は歌う』D.G.ハスケル森の生態学