Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『生命科学クライシス 新薬開発の危ない現場』

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とある製薬企業が新薬開発につながる論文を探し、再現しようとした。ところが、論文執筆者たちの協力を得ても、再現できた実験はたったの一割しかなかった。二〇一二年、この「再現性」の問題は『ネイチャー』誌に掲載され、一躍注目を浴びた。

ALSの臨床試験はほとんど失敗している。それは基礎研究でのネズミの数や雌雄のバランスが原因だ。

そもそもマウスと人間では生理学的メカニズムが異なるという研究結果もある。

安全性試験に通らなくても人間には無害なものの例としては、コーヒーが挙げられる。

また実験に使われるプラスチックのシャーレ上で増殖する細胞株と人間の腫瘍の細胞では、酸素濃度が四倍も違うので前者のほうが早く増殖する。

研究室で使用される抗体がいつの間にか全く別の抗体になっていることもある。研究室にある別の抗体が混入するのだ。誤認細胞は誰にも気づかれぬまま、実験に用いられ、執筆された論文が雑誌に掲載され、それを読んだ人々に引用される。

なぜそのようなことが起きるのだろう。

それには、科学研究業界における限られた研究費を科学者たちが奪い合う熾烈な出世レースが背景にある。

ポストを得る近道は、インパクトファクターの高い雑誌に論文が掲載されることだ。代表格の『ネイチャー』や『サイエンス』や『セル』誌に掲載された論文は自ずと他者に引用される回数も多くなる。

だが、引用源の論文の厳密性まで入念に調べる研究者はいない。

それに、引用源が間違っているせいで自分の研究も間違っているということが明らかになれば、今までの努力が水泡に帰す。そのような発見を、受け入れたくないと気持ちは理解できる。

本著で紹介されるのは、ノーベル賞受賞者や実験の「再現性」や「厳密性」を研究する科学者たち。その中に日本人はいなかった。



友達(フィリピンの看護師資格所有)にこの話をしたところ、彼女が看護師時代にディスカッションをした内容を教えてくれた。

ある科学者が「子どもにワクチンを打つと自閉症になる」という報告をした。別の科学者がそれを否定する報告を出した。だが、未だに「子どもにワクチンを打つと自閉症になる」と信じている親がいるため、子どもにワクチンを打たせないそうだ。

もし仮に世界中の人々がワクチンを打てばポリオは全滅する。だが、未接種の子どもがいるためポリオは蔓延し、ウイルスがワクチンに耐性を持つようになってきている。



"科学的知見は一時的なものであり、一時的なものとして扱われるべきだ"
と本著で述べられているように、どのような論文も、暫定的なものとして考える必要がある。そして、自分自身の科学的知見を日々アップデートしていかなければならない。

人は皆、信じたいものを信じて生きている。例えば自分と異なる意見をすぐには受け入れ難くても、正反対の意見もあると知っていることが大事なのではないか。

それに、科学的に正しいと言い切ることは、案外難しいのかもしれない。だって、実験の場所や材料の数や器具の洗剤によっても結果は左右されるし、そもそも世界共通の実験ルールはなく、科学者のバイアスもかかるのだから。

著者は研究の「再現性」について否定的な見方をしたけれど、他の方はまた異なる見方をすると思う、と偏った意見かもしれないことを前置きしていたので、わたしの感想も然りということを最後に付け加えたいと思う。

上記の内容について、生命科学系の研究室で働かれている方にいつか話を聞いてみたい。

紹介本:『生命科学クライシス 新薬開発の危ない現場リチャード・ハリス
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関連本:『僕は偽薬を売ることにした』水口直樹
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