Wunderkammer ** 司書の読書ブログ **

神戸で「なごやか読書会」を主催している羽の個人ブログです。

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』

2022年早々、すごいノンフィクションに出会ってしまった。

 

大学に行って人生が変わったというのはよくある話で、驚くほどのことでもない。しかし、タラの場合、大学に行くまでの道のりが、他の人たちと全く違っていた。

 

彼女は、高校まで一度も学校に通ったことがない。ホームスクールだったわけでもない。熱心なモルモン教徒の父が、学校を「政府が洗脳する場所」とみなし、子どもたちを学校へ通わせなかったからだ。

ウェストーバー家は、世間と断絶された暮らしをしていた。冬になると、雪が90センチも積もるような峡谷の中の一軒家で、父を中心に、政府を信用せず、世界の終わりに備えてコツコツと備蓄を増やしていた。子供たちは、学校へ通うことだけでなく、病院へ行くことも禁止されていた。

廃材置き場で父の仕事を手伝っている時、パイプが足に突き刺さり背中を強打したタラも、ズボンに燃え広がった火で片脚を失ったり、機械に挟まれて骨が見えるまで腕を切断された兄たちも、病院には行かせてもらえなかった。受けたのは、母のハーブ療法(ホメオパシー)のみだった。

先に家を出ていた兄や姉もいた。ある者は長距離トラックの運転手になり、ある者は農家に嫁ぎ、ある者は留置所に入っていた。唯一、兄のタイラーだけが、家を出て大学に進んでいた。

父の強固な思想に支配され、荒くれ者の兄ショーンに家庭内暴力を振るわれていたタラに、タイラーは助言する。俺と同じ大学に行くんだ、タラ。

「君の耳に自分の考えをふきこむ父さんから離れたら、世界は違って見えてくる」。

六四キロ先の最寄りの書店まで車を走らせ、テストの参考書を買ったが、全く解けなかった。それもそうだ。自宅学習なんてしていないも同然。唯一、覚えているのは、モールス信号だけ。

しかし、学業の神は彼女に味方した。受験勉強を始めてからは奇跡の連続だった。十数年前まで廃材置き場で働かされていた少女が、世界トップの大学で修士論文を書くまでになったのだ。


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本書に登場する教授の言葉を借りるなら、これは現代版『ピグマリオン』(映画「マイ・フェア・レディ」)だ。無教育の少女が教授に導かれて人生の道を切り開いていく姿は、まさに花売り娘のイライザの人生のよう。

教育とは、古い自分を捨てることだ。そして、今まで自分が持っていなかった言葉を持つことだ。自分と他者の考えの違いに気づき、違いを受け入れることができるようになるためには、複眼的な思考やものの見方が必要で、それらをタラは大学で学んだ。

タラは変わった。だが、両親は変わっていなかった。両親から見たら、タラは「裏切り者」だった。

両者の確執は、今も残ったままだという。 家族か教育か。タラの心はその狭間で揺れ動き、一方に振り切れなかった。質の高い教育を受けたい。いつかは家族とも和解したい。人間の本質的ともいえる切なる願いに、最後は胸が締め付けられた。

 

紹介本:『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』タラ・ウェストーバー